2022.06.18 sat

真冬の時期に海へ入って竹を挿す漢の伝統行事『梵天立て』。千葉大生に紹介動画を作成していただきました!

梵天立て

梵天立ての歴史

今からおよそ300年ほど前、江戸時代の元禄年間(1688~1704年)に、木更津金田にある中島沖で幕府の御用船が難破してしまい、その際に大錨(いかり)を紛失するという事件が発生しました。

船人たちは中島の住民が盗んだのではないかと疑い、厳しく調べ始めました。

そこで、中島の住民たちは身の潔白を証明するため、出羽三山の行人たちに祈祷をお願いしました。行人たちが梵天を海に立てて祈祷をしたところ、満願の日に土砂に埋まっていた大錨が海から浮き上がり、その疑いは晴れて事なきを得ました。

それ以来、出羽三山の神々に感謝するため、現在に至るまで絶えることなくこの行事が続けられています。

長い時を経て行事にかける願いは変容し、現在では町内安全や浜大漁の祈願を主としたものとなっています。

梵天立てに参加する人たち

梵天立ては毎年1月7日の七草の日に行われ、金田地区のワカイシュ(若衆)の仲間入りをした人が一人前になった証として、この行事に参加します。

梵天立て

金田の中島地区には6つの町内があり、それぞれの町内ごとで若衆の組に分かれて梵天を1つずつ順番に海に立てます。

梵天は浜からできるだけ遠くに立てる方が良いとされており、後から海に入る組は、前の梵天より沖に立てなければならないという決まりがあります。

毎年潮回りによって海の深さは異なりますが、潮回りによっては若衆の首くらいの深さまで行って梵天を立てなければならない時もあります。

梵天立て

梵天立てを継続するために

元来は金田の成人男性が若衆として行事に参加していましたが、後継者不足により参加人数は減り、中には何年も継続して参加している方もいます。

これまで伝統として続いていたこの行事は、知る人も減り継続が困難になってきています。

そこで、より多くの人にこの文化を知ってもらい、伝統を守るため千葉大学の学生が研究の一環として梵天立ての紹介動画を作成しました。
梵天立ては海に梵天を立てる行事の部分のみにフォーカスされがちですが、梵天立ての行事が始まる前から多くの人が関わり、様々な準備が行われおり、動画内では主にその様子が描かれています。

よろしければ動画をご覧いただき、学生の用意したアンケートにもご協力いただけますと幸いです。

アンケートはこちら(Googleフォームへ移動します)

 

本動画には掲載されていませんが、金田の町内にかけられている藁飾り「ツナハリ」もこの行事と関わりがあります。金田にお越しの際はぜひ探してみてください。

ツナハリ

梵天立てに関する参考
文化庁|文化庁月報|連載「祭り歳時記 伝承を支える人々」- 木更津中島の梵天立て